医療への信頼を取り戻すための3つのステップ
サノフィが実施した人々の医療体制への信頼を評価した初の調査で、少数民族、障がい者、LGBTQ+などの属性をもつ人々は、医療制度への信頼感が低いことがわかりました
世界各地の医療体制への信頼については、2つの全く異なる世界が存在するという残念な事実があります。1つめの世界には、医療施設で公平に扱われる可能性が高い人々が住んでいます。多くは男性で、障がいがなく、白人で、性自認はストレート(身体的性と自分で認識している性が一致していて、かつ異性を愛する)の人です。この世界にいる人のほとんどは、見た目で判断されたり、悪いイメージをもたれたりするとは思っていません。
1つめの世界に属していない人々には、そのような贅沢はありません。(マイノリティとみなされる)女性、少数民族、障がい者、LGBTQ+の人は、医療従事者や医療制度全体への信頼感が低い傾向にあります。
こうした低い信頼感は、古くからある先入観や権力乱用に対する懸念が生み出している部分もあるかもしれません。しかし、こうしたマイノリティの人々のうちの相当数の方々が、医療への信頼感を損なう個人的な経験があったと回答しています。医療従事者が話を聞いてくれない、歓迎されていないように感じる、見た目で判断されているように感じる、不安を感じるなどです。悲しいことに、こうした患者さんらは、自分がそのような扱いを受けたのは、年齢、収入の低さ、自分の人種・民族、性別、障がい、あるいは性的指向が要因と感じています。
このような信頼の低さ、つまりTrust Gapが、調査で明らかにされました。調査は、米国、フランス、英国、日本、ブラジルの5カ国で11,500人を対象に、様々な属性をもつ人々の医療現場での経験を調べた初の調査です。
調査では、非常に気になる結果が得られました。米国では、障がいのある人々の77%、マイノリティの人種・民族の人々の69%、LGBTQ+の人々の70%が医療への信頼を失うような経験をしたと回答しました。
また調査からは、複数の属性に該当する人では、信頼を損なう割合がさらに高いことが明らかにされました。複数の属性に該当する人は、医療関係者への信頼が揺らぐような経験をした割合がさらに高いとの結果が得られました。例えば米国では、障がいがあるLGBTQ+の人々のうち80%が、医療への信頼が低下するような経験をしたと回答したのに対し、これら属性のいずれにも該当しない人での割合は56%でした。
このような事態は容認できません。このような格差は、命に関わります。医療を信頼していない人々は、慢性疾患の予防や治療のために医療施設を訪れる頻度が低下するおそれがあります。新型コロナウイルス感染症のパンデミックで明らかにされたように、医療への不信感が蔓延する状況では、公衆衛生を担当する当局が発信する重要な情報が脆弱なコミュニティに届きにくいという問題が発生します。
このような医療への不信の解消に向けた一歩として、3つの対策を提言します。
医療従事者の多様性を高める
多様性を持つ患者さんに対する医療従事者もまた、多様な様々なバックグランドをもつ人材で構成される必要があります。例えば、黒人の患者さんの治療にあたった医師が黒人の場合は、より良い健康状態になるという調査結果があります。しかしながら、米国では黒人医師は医師全体の5%を占めるに過ぎません。高校、大学、医学部、研修プログラムなど、教育・研修課程のいずれの段階でも、医療人材の多様性を支援する必要があります。このような活動は、教育機関だけに必要なものではありません。医療機関、研究機関やヘルスケア企業も、人材の多様化に取り組み、投資する必要があります。
期待がもてる取り組みもあります。米国医師会(AMA)が全米の医学部と連携し、多様性のある人材の募集や維持に向けた取り組みを進めています。
予防に投資する
私たちの医療制度は、疾患の治療に力を注いでいます。このため、臨床試験では、様々な背景の患者さんを対象として行い、各集団での医薬品の効果を把握することがきわめて重要です。でも、治療に力を注ぐだけでは、十分とはいえません。ヘルスケア企業や医療制度も、健康を高める要素、つまり家庭、職場やコミュニティにおけるウェルビーイングに影響を及ぼすあらゆる要素に取り組み、疾患を予防する活動に大きく投資すべきです。
例えば、Kaiser Permanente社は、カリフォルニア州ヘイワード市の保育園と連携し、カリフォルニア州の低所得世帯に対して統合型の健康・医療ケアを提供するほか、様々な学校に職員と学生の心身の健康のニーズに対応するリソースを無料で提供しています。コミュニティとこのような形で連携することで、医療への信頼感が醸成されます。
しっかりと耳を傾ける
患者さんが医療への信頼を失う理由として最も多く挙げられたのは、「話を聞いてもらえていないように感じる」でした。確かに医療従事者は、患者さんとしっかりと、そして思いやりをもったコミュニケーションを行う方法について、さらに学ぶ必要があります。でも、それだけでは十分ではありません。医療従事者は、患者さんにしっかりと耳を傾ける必要があります。自らがもつアンコンシャスバイアスに気づき、克服すること、目の前にいる患者さんを尊厳と価値が尊重される個人として接し、時間をかけて話を聞き、患者さんが来院した理由を理解する必要があるのです。
ヘルスケア企業と医療現場は、社会的に弱い立場に置かれる属性の人々が経験を共有できるような場を作り、強い立場にいる人々がしっかりと耳を傾けられるようにすることで、課題解決に向けた活動を前に進めることができるでしょう。
このような取り組みは簡単でも、短期間で実現できるものでも、安価に行えるものでもありません。さらなる調査が必要であり、また医療機関、政策立案者や個人など大勢による取り組みが必要です。しかし、このような取り組みにより、きわめて大きな成果が期待できます。医療への信頼を取り戻すことで、治療アウトカムにみられる大きな格差を解消し、すべての人にとってより公正で、より健康な世界へと確実に歩みを進めることができるのです。