ヘルスケアにおける人工知能(AI):人間が作り出す、Do No Harmの技術

人工知能(AI)は、Netflixで見る映画の選択に影響を及ぼしています。AIは、クレジットカードの不正利用の徴候を見つけ、銀行に警告を送ります。ブラウザに何か入力しようとするとき、AIはおそろしいほど正確に入力内容を予測します。AIは今後、自動車運転の危険(と楽しみ)を完全に取り去ってしまうことでしょう。不老不死の実現にAIが役立つという人もいれば、人類を破滅に導くという人もいます。

AIについて様々な意見が飛び交うなか、私たちの日常生活のあらゆる面にAI技術が活用されつつあります。ヘルスケアも例外ではありません。AIで可能になることや、AIがもたらす危険について整理しておきましょう。

現実と虚構

AIの技術や理論は第二次世界大戦後から研究されてきましたが、ここ数年はビッグデータの構築、クラウドでのデータ保管や処理などの新技術が急速に進み、アルゴリズムもさらに磨かれ、AIブームの様相を呈しています。

「AIは単一の技術ではありません」とベルリンを拠点に活動するベンチャー企業Point Nine Capitalのネイサン・ベネイク 氏(Nathan Benaich)が自著post on Mediumの中で述べています。「AIは、ロボット工学から機械学習に至る様々な領域を網羅する広い学術分野です。AIの最終的な目標は、私たちの多くが同じ認識と思いますが、人間の知性を必要とする作業を行え、認知機能をもつ機械を作り出すことにあります。この目標に到達するには、機械に全工程をプログラムしなくとも、機械が自動的に能力を学習できるようにならなければなりません。」

悲観論者は、学習能力を備えた機械が私たちを支配する日がくると述べますが、現在のAIは、定められた作業しか行うことができません。
また、現在のAIシステムは、基本的には予測マシンです。ますます高度化が進むアルゴリズムと機械学習の技術により、大量のデータを特定の問題について解析し、人間のチームよりはるかに効率よく、知見、予測や診断を提供します。

健康アウトカムの向上のためのAI技術

予測の向上がアウトカムの向上に直結するヘルスケアにおいては、AI技術の導入による効果はすでに出ており、プロセスの最適化に向けた活動が進んでいます。

創薬の現場では、AI技術を積極的に活用しています。大手製薬企業は、研究のスピードを上げ、患者さんの生活改善に結びつく可能性が高い治療法を高い精度で特定するために、AI専門家と提携したり、社内で独自技術を開発したりしています。また、遺伝情報も参照する方法も開発されつつあります。

「正しく使えば、AIと機械学習は、より早く、より安価でより効率の高い創薬研究の牽引役になるだろう」とNatureの掲載記事は指摘しています。

AIは、医薬品の製造にも大きな影響を及ぼします。将来の医薬品工場は、ネットワークに接続し、インテリジェント化した設備に何千種類もの項目を測定できるセンサーを取り付け、何十億ものデータポイントで得た情報を蓄積して、製造工程を監視し、分析や制御を行うものになるでしょう。サノフィは現在、このような工場の実現に向けて取り組んでいます。最先端の分析技術により、製造工程のばらつきを予測し防止することができ、生物学的製剤の品質が確保できるようになるでしょう。

AIと機械学習は、次世代ワクチンの開発にも貢献しています。また現時点では治療選択肢のない疾患に対する治療薬の開発のスピードアップにも貢献しています。

機械学習とAIをウェアラブル技術と組みあわせることで、睡眠障害などの健康問題を抱える人に、革新的な方法でソリューションの提供できる可能性があります。

AIシステムは、中国の農村部やアフリカなど、医療従事者が不足している地域での患者ケアに役立てられています。機械がデータと最新技術を駆使して、現地の医療従事者が適切な専門医に連絡をとり、専門医が遠隔医療で診断し、治療内容を決定できるように支援する取り組みが行われています。

サノフィのアフリカリージョンヘッドのジョン・フェアレスト(Jon Fairest)は次のように述べています。「アルジェリアでは、デジタルインターネット技術を活用して、患者さんを遠隔地の医療従事者が診察しています。このようにイノベーションとデジタル技術は、疾患の早期発見と疾病管理プログラムの改善をもたらすと同時に、糖尿病などの慢性疾患をもつ人々が自らの健康を自らで管理する能力を高める働きがあります。」

世界各地の医療組織は、看護師の支援や研修に役立つロボットや、医師よる遠隔医療に役立つ機械、さらには緩和ケアの効果を高め、コンパニオンシップを高めながらモニタリングも行える「電子ペット」を活用しつつあります。

人間 + AI = 進歩

他の分野と同様に、ヘルスケア分野においてもAIがもたらす急速な発展を懸念する声があります。健康に関するデータは注意深く、透明性の高い方法で公正に取り扱う必要があり、効率性を重視するあまり信頼性を犠牲にすることはあってはなりません。一部のAIシステムには、監査機能をもたず、プロセスの説明を行うことなく結論を出すものもあります。極論をいえば、遠隔医療やロボットによる患者ケアを行うシステムが患者さんを孤立させ、患者さんのモラルを損なうことになりかねません。

職業に関する疑問も生じます。最新の画像認識技術は、放射線科医の仕事を奪うでしょうか? 経験の浅い研究者よりも機械のパフォーマンスが良くなれば、研究者のキャリア開発が進まなくなるでしょうか?

幸いなことに、ロボットが私たちの仕事を奪う時代は、まだ到来していません。技術はまだ道具であって、これを作り、制御するのは人間です。データの収集や処理に伴う諸問題に取り組むために、新たな仕事が生まれることでしょう。研究者などのプロフェッショナルは新たなトレーニングを受け、AIやデータ活用技術を駆使した仕事が行えるように学び直す必要が出るでしょう。繰り返し作業の多い手作業から医療従事者を開放すれば、彼らは知的生産能力をより複雑な問題の解決に向けることができます。

また、患者さんの個人的な事情や、患者さんがもつ強みや弱みを察する力などの人間性には、機械は決して追いつくことができません。人としての温かさ、共感やベッドサイドマナーは、最も優れた頭脳をもつ機械であっても組み込まれてはいません。

しかし、機械が人間の仕事を奪う状況は今後決して起こらない、というわけでもありません。いわゆる「強い」AIは、機械的に学習し、様々な環境に適応し、あらゆる問題や、複数の問題の組みあわせにその知能を応用する能力を得るかもしれません。現時点ではそのような機械は存在しませんが、専門家の多くは、人類はそのような事態に備えておくべきだと言います。

人間らしさをもつAIに一歩近づく技術を開発するスタートアップ企業もあります。例えば、米カリフォルニア州のCareAngel社は、AIと音声操作機能を搭載したバーチャルナースアシスタントを開発し、今年のVivaTech国際見本市でサノフィが開催したスタートアップ・コンペティションで優秀賞を受賞しました。 CareAngelの創始者でチーフ・エンジェルのウォルフ・シュラグマン氏(Wolf Shlagman)は、彼のイノベーションを「テクノロジーを活用して、人間的な触れあいを拡張するもの」と説明し、「私たちの毎日の行動の多くは、機械的な繰り返しの作業です。CreAngelは、人間の行動からロボット的な部分を取り出しているのです」と述べます。彼は、自身の母親との関わりをきっかけに、AI開発に乗り出しました。「母の世話を積極的に行う必要が生じました。この技術はテレメディシンの次なる段階であると考えています。これは単なる技術ではなく、愛する人に語りかけるための一つの方法なのです。」

現在のところ、機械が行うデータの収集方法を定め、データセットの構造を定義するのは、人間です。

「利用できるデータは増える一方です。AIのパターン認識機能を活用することで、私たちは今までは理解し得なかった事柄が把握できるようになります。」とサノフィの最高医学責任者(CMO)でエグゼクティブ・バイスプレジデントのアミート・ナスワニ(Ameet nathwani, MD)は述べています。「この技術を生活の各面でどう活用するか、私たちは今ようやく学び始めたところです。健康に関して、遺伝情報、プロテオームの情報、タンパク質に関する研究、臨床データ、ソーシャルデータなど様々なデータがあり、これらのパターンから知見を得て、患者さんのアウトカムにつなげるという、以前なら夢見ることすらできなかったことが可能となりつつあります。AIは今後、疾患や健康に対する私たちの見方を根本から変えるものとなりましょう。10年後の医療は、AIのおかげで今とは全く異なるものとなることでしょう。」